
「形成外科は心の外科だ」形成外科の基本と教えられたこの言葉に感銘を受け、いつも真剣に治療に向き合っている井上義一医師。
藤田医科大学形成外科の准教授をしながら、当院では美容外科医として働いています。
どのような経緯で美容外科医として働くようになったのか、ジョン先生との出会いが井上先生の人生にどのように影響しているのか、井上先生の美容整形手術にかける思いをお伺いしました。
—現在、大学病院の准教授をしながら美容外科医としても働かれていますが、二足のわらじを続けられている理由はありますか?
この質問は専門医前の他大学の若い先生によく聞かれます。
皆さんほぼ同じような感じで「先生は専門医もあって美容手術も上手なのに何でまだ大学にいるんですか?」と、私を上手いと形容詞を付けて少し持ち上げてくれて質問してくれます。
上手いと言ってもらってうれしい反面、大学医局って忙しいし給料安いし、若い先生には本当に魅力のない職場なんだなと実感させられます……。
なので美容に興味がある形成外科専修医は基本手技が習得できたら、医局を辞めて美容の道にまっしぐらがスタンダードな考えなんだろうなと気づかされました。

—美容手術の技術がありながら、大学病院でも勤務されている方はかなり珍しいのですね。
そんな中で大学病院の准教授を続けているのはなぜなのでしょう?
そうですね。質問の答えとしては、「大学病院でないとできない手術がある」ということです。
その手術が、私が美容手術を上手くなりたいと思うきっかけにもなったし、今も技術を探究し続けている理由なので。
私は普段、大学病院で口唇口蓋裂の治療を行っていますが、やはり口唇口蓋裂は様々な専門科が関わるので大きな組織でないと治療できませんし、扱ってはいけない疾患であると思っています。

—口唇口蓋裂には、どのような治療が必要なのでしょうか?
口唇口蓋裂の治療は生後1-3か月から始まり、まず口唇の手術を行います。
患者さんとはこの時点からほぼ大人になるまでの長いお付き合いが始まります。
何故長いのかといいますと、成長と共に上あごの劣成長*1があらわれ、反対咬合(俗に言う受け口)が顕著になる方や、鼻の変形が生じる患者さんもおられるので、それにともない顔面骨切りや整鼻術も担うからです。
口唇口蓋裂の手術は、ミリ単位やそれ以下の正確さでメスを扱うことができ、美しく縫合することができる技術が大前提であり、その上で唇裂手術、顔面骨骨切り術(ルフォー骨切り、SSRO)、外鼻修正術などの技術と知識が必要になります。
何も無かったように治せるといいのですが、まだまだそのような域には達していないし、一生かけてもこの目標には到達できないなと感じています。飽きやすい私が今もライフワークとして続けているのは、目標に到達していないからだと思います。
その他、少しかっこいいことを言いますと、先ほども述べましたが若者から魅力のない形成外科を魅力あるものにしたい。「大学にいても美容が学べるようにしたい。」という思いもあるので、私には似つかわしくないアカデミアにしがみついているのかなと思います。

—井上先生が大きな目標のもと大学病院での治療を行っていることがよくわかります。
大きな目標があるからこそ、美容領域の手術にも興味を持たれたのですね。
そうですね。若いころから学会で大御所の先生が発表される症例を見て勉強していたのですが、唇裂術後の鼻の修正手術においては治療結果をみて素晴らしいと思えるものがなかったのです。(あくまでも、鼻の修正手術においては!です。)
「こんな経験豊富な先生でもこの結果なのに、自分がやってもこのままでは満足のいく結果を出すことは難しい。鼻の分野においては保険診療内の形成外科手術の知識と技術のみでは限界ではないか?美容も勉強すべきでは?」と考え、形成外科すべての分野を学びたい願望が強かったこともあり、美容の手術および知識を学ぶことをスタートしました。
そこから私の美容外科のキャリアも始まりましたが、まだまだ大学で美容を学ぶのは困難な時代でした……。
—では、整鼻術は大学病院にいながらどのように学んでこられたのですか?
形成外科医になって少しして美容外科も学び始めたのですが、鼻の手術は難易度の高い手術ですので病院内で学んだのではなく、はじめは韓国に数えきれないほど行って教えてもらいました。
韓国の先生と繋がりのある友人が、「韓国の有名美容外科に見学に行くけど来る?」と誘ってくれて、見学に行ったのが始まりです。この経験をさせてくれた友人には大変感謝しています。彼がいなければ私の美容外科の経歴はなかったかもしれません。
当時、中国で学会発表されていたジョン先生を見た友人から、「鼻形成術で、ものすごく高い技術を持った韓国人医師に出会った!!」と連絡を受けたところから始まりました。
ジョン先生の鼻手術を初めて見学させてもらったとき、神がかった技術をみて感動したのを今でも覚えています。今でもいつ見ても感動しますが(笑)
その完成度の高さ、手術のうまさに友人と二人で感嘆いたしました。
その頃の日本の鼻の手術のレベルはまだまだ低く、ジョン先生に「ぜひ日本のドクターたちに鼻の手術を教えてほしい!」と懇願して了承していただいたのを今でも覚えています。
「日本のドクターたちに」と言いましたが、一番教えてほしいと懇願していたのは私自身かもしれません。
そして、私が指導医をしている美容外科で日本人医師向けの技術講習会をしてもらうようになり、本当に沢山の技術を学ばせていただきました。
私もまだまだジョン先生には及びませんが多くの経験をしてきたなかで、ジョン先生の技術に対するこだわりや重さがわかってきました。

—形成外科では目指せない完成度を美容外科で学ぶことができたのですね。反対に、美容外科ではなく形成外科で学べた知識もありますか?
形成外科に入ったころは、基本テクニックとなる「縫合」はとにかく練習しましたね。形成外科で縫うと傷跡がきれいとよく言われますが、その理由の一つに、形成外科医だけが行う「真皮縫合」という傷跡を最小限にする手技があります。他にも創傷治癒といって、傷の治り方についても学びました。
口唇口蓋裂と形成外科の考え方と言いますか「マインド」については、吉村陽子先生に教えていただきました。日本に形成外科ができて以来、日本初かつ唯一の女性教授です。
吉村先生がおっしゃっていた言葉は、今でもしっかりと覚えています。
「例えば、消化器内科の外科版が消化外科というように、皮膚科の外科版が形成外科と思われがちだが、違う!!形成外科と対比される科は精神科だ。形成外科は心の外科だ!それが基本だ!忘れずに!」今でもこのマインドを意識して診療しています。
—形成外科で学んだ技術やマインドをもとに、さらに完成度の高い美容手術の技術も磨き続けている井上先生のお話、とても興味深く聞かせていただきました。今後も積極的に井上先生のお話を伺っていこうと思います!